創作において作品と作者の独立性についての議論がある。数学や物理の理論はこの類の話と無縁だと思っていたが、こうやって AI が台頭してくると、まったく無関係とはいえないことに気づかされる。
仰々しい書き方をすれば、理論を学ぶことはそれが発見・構築される過程を追体験することでもある。研究者を志したことがある人なら、どのようにしてその理論に辿りついたのか、ということも考えながら論文を読んだことがあるはずだ。それは小説を読むときに、小説内で描かれる世界だけでなく、作者の思想や経験を想像するのに似ている。
もちろん自然科学の理論は、誰によって、あるいは何によって構築されたかに依存しない普遍性を持っている。でも、 AI より人間が構築したものを学んでみたい、という気持ちがどこかに少しある。
人間が辿りつけない領域に対する期待はある。でもそれは老後の楽しみくらいのタイミングであってほしかった、というのが正直なところ。まあまだどうなるか分からないけれどね。