てがみ: qatacri at protonmail.com | 統計 | 2020

202023203

「ASD 児は定型発達児と比べて方言を使わない」という研究があって、何度か一般向けのニュースになったり本も出ているのだけれど、これ、私が調べた限り直接的なデータに乏しい。

この方言と ASD に関する研究は、私が確認したかぎりほぼ弘前大の松本敏治氏によるもの。

自閉症・アスペルガー症候群の方言使用についての特別支援学校教員による評定:―「自閉症はつがる弁をしゃべらない」という噂との関連で―
「自閉症は方言を話さない」との印象は普遍的現象か ―教員による自閉症スペクトラム障害児・者の方言使用評定から―

手法は「学校の教員に対する質問紙調査」である。質問紙は ASD と方言に関する研究だと伝わる文面で、明らかにバイアスを排除できていない。予備調査としてはいいと思うけれど、これを根拠に ASD 児が方言を使わないと断定するのは科学的とはいいがたい。松本氏の他の論文についてもすべて同じ手法で、子どもの発言を録音して解析した、というような直接のデータはない (そういう調査が難しい理由はあるのだと思う)。

松本氏以外による関連研究は、以下の二つしか見つけられなかった。

Perception of Dialect Variation by Young Adults with High-Functioning Autism

「方言の分類・判断課題で、大人の定型発達者と高機能自閉症者間の有意差はない。ただし language attitude (実験内容から察するに、賢そう・信頼できそう、などの印象のこと。あまり信用しないで)に差がある」という内容。これはこれで興味深いけれど、とくに方言不使用を支持する内容ではない。

自閉スペクトラム症児における方言理解と待遇表現の特徴

(0) 方言 (熊本弁) 音声を提示し標準語に翻訳させる実験、 (1) イラストと疑問文の音声を提示し口頭で回答させ、方言使用率を調べる実験。対象者の男女比率に差があること、 IQ 差が不明であること、仕方ないとはいえ提示法に違いがあるなど、統計データとしての質は良くはないけれど、実験法自体はまっとうだと思う。 (0) の結果は非常に興味深く、形容詞・副詞 (対象単語数は少ないので注意が必要) についての得点が ASD 児で有意に低い。しかしこの実験で方言の理解に差があるのか、方言と関係なく形容詞・副詞の意味理解に差があるのかは識別できない。 (1) の結果は総合的にみて、方言使用率に差がないという結果に読める。ただし状況による使い分け方には差がありそう、といったところ。

ということで、「ASD 児は方言を使わない」は相当に乱暴な結論だと思う。