ある企業がバイオリン奏者を採用することになった。採用担当者はバイオリンを用意するだけの資金が与えられず、また楽器経験もないため演奏を聴いたところで良し悪しを判断できない。仕方ないので応募者にエアバイオリン、つまりバイオリンを演奏する真似をさせ、適当に採用者を選ぶことにした。
この試みはうまくいった。演奏の真似であっても比較すれば、楽器を始めて 1 年の初心者とプロ並みの奏者を見分けることは容易である。次年度以降、他の部署でもこの方法を全面的に採用することになった。資金に余裕のできた採用担当者はコンサルタントと契約した。
コンサルタントは統計手法を駆使して、エアバイオリン時の手を動かす回数と腕の角度から、採用後の業績を推定する数理モデルを作った。この数理モデルの精度は非常に高い。難点といえば、業績の数値化が困難だったため、代わりに楽器から出る音の大きさを指標としていることくらいである1。コンサルタントは他の企業にもこの手法と数理モデルを売り込み、多数の企業が同じ手法を採用し始めた。
数年が過ぎ、この採用手法は企業外でも知られるようになった。就活セミナーではエアバイオリンの特訓が行われるようになり、熱心な就活者はプロ以上に迫力のあるエアバイオリンスキルを身につけた。就職率 300% (1 人あたり平均 3 社から内定) を謳うとある学校は、卒業生の採用可否のデータから企業の使っている数理モデルを再現することに成功し、本物のバイオリンの練習時間を削ってエアバイオリンの授業にあてた。
結果として、本物の奏者は採用において地味で目立たない存在となり、大多数が不採用となった。意外にも会社の業績は向上した。なぜなら顧客が求めていたものもまた、エアバイオリン奏者だったからだ。
…という皮肉を以前思いついたのだけれど、実際にこういう事態に陥っている現場を見たわけではない。つまりエア皮肉であるというのが、この話の真のオチである。
実際に平均音圧は、初心者よりプロの方が大きかったりする。
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