(離散的な) 確率は P[i] >= 0, Σi P[i] = 1
を満たさなければいけない、というかこれを定義として公理論的に導入されるわけだけれど、いろいろ考えているとこの条件が当たり前に思えなくなってくる。負の確率があってもいい気がしてくるし、実スカラー値で記述されることすら疑問に思えてくる。
量子論などはひとまず置いておいて、決定的な物理法則が支配している世界では、情報の欠落が確率という概念 (?) を生み出す。これは非常に一般的な議論のはずで、確率論はそこから導出されるべきものに思える。導出される理論は今確率と呼ばれているものより広いクラスだったりしないのだろうか。まあ単なる不勉強・不理解なのだと思うが。